やっぱりあった希死念慮2020年02月13日 11時43分05秒

この病気になっても希死念慮がないのが、僕にとっての不幸中の幸いというか、強みだとすら思っていたのだけれど、ちょっと考えが甘かったようだ。
あまり詳しくは書けないけれども、先日、仕事中に家族からメールが来て、急に気分が落ち込んで、何もできなくなった。そして、何もかもが耐えがたいように思えて、ごく自然に「死にたい」と思った。
これくらいならちょっと落ち込みが酷いだけと思えなくもない。でも、続いて
「ああ、電車にぶち当たったら痛いだろうな、他にどんな方法があるかな」と考え始めてしまった。
具体的な方法に踏み込み始めたら、それは希死念慮だと思う。いや希死念慮でないにしても注意しなくてはいけない状態だ。
大体、何で電車なのだ。
心当たりがある。
「何かの拍子に飛び込んでしまうかも」「ふらついた拍子に落ちてしまうかも」
実はいつもそんな事を頭の隅で考え続けている。
思い起こしてみれば、10代初めの頃、ひどく塞ぎ込んでいる時期があった。毎日、風景が灰色に見えた。今考えれば鬱だと思う。あの時は毎日明確に「死にたい」と思っていた。
いつの間にか、その気持ちを意識の下に押し込めていたのだろうか。それともうまく付き合う術を見つけたのだろうか。どちらにしても今の自分が、決して死を遠いものとは思っていない事に気付いてしまった。
僕はまだ生きているし、自殺未遂すら経験がないけれども、無意識のどこかではいつも死ぬ事を考え続けているのかも知れない。
たまたま、それが今回、表面に浮上してきたのかも知れない。
用心しよう。考えたら本当のことになってしまうかも知れない。まだ死にたくない。その気持ちだって本物だと思っている。
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