ぼんやりすることは必要か2016年10月03日 14時57分36秒

この間、歯医者さんの待合室で自分の順番が来るのを待ちながら、壁の時計をなんとなくながめていた。
以前だったらスマホを持ちだしてSNSだのINGRESSだのいじっていたのだろうが、まあ、あと数分のことだし、気持ちを安らかにしておいたほうが治療にも良いのではないかと思い、ぼんやりしていた。
そこでふと思った。「人はいったいどれくらいの時間ぼんやりしていられるのか?」「『ぼんやりする』という行為は進化的に合目的的なのか?」
最近では「マインドフルネス」などと称して何も考えない時間を作ったり、瞑想めいたことをやってみたりするが、ふつうは「お、俺今ぼんやりしてるぞ、何かやらなきゃ」と思うところだ。
それって、習慣にすぎないのかな。
そもそも暇になってそわそわするって、どういうことなんだろう。
暇な状態に飽きる。
でも何をしていても飽きることは確かだし…
ということで暇に任せてぼんやりかんがえていたが、ぼんやりとする時間って、実は身体的に意味があるんではないかな。
いつから年がら年中頭をフル回転させることが普通になっちゃったんだろう。

何を治療しているのかわからなくなってきた2016年10月04日 15時16分14秒

「うつの傾向があります」と言われてから1年以上、ついに耐えられなくなって精神科を受診してから半年後には傷病休暇、そして休職。
職場に行かなくなってから10ヶ月が過ぎた。
今となっては元の症状がなんで、どうして休みじめたのかもわからなくなりかかっている。
時々こまめにメモを残しているから本当にわからなくなっちゃうことはないと思うけれど。

結局症状は以下のように進んだんだろう

・朝、起きるのに1時間以上かかる日が出てきた
・頼まれた仕事を忘れやすくなった
・文章を読解する能力が極端に低下した
・集中力が極端に低下した
・アポイントのオーバーブッキングが増えた
・思考能力が低下し、職場にいても仕事にならないと思った

現在の症状はどうか

・朝、起きるのに時間がかかる日もあるが、睡眠時間は6〜7時間と安定してきた。ただし早起きはできない
・人の言うことをよく聞いていないことが多い
・本はある程度読めるようになってきた。内容についての考察もできる。スピードも上がってきた。
・文章を読んだ後にひどく疲れる。
・怒りなどの感情に会うと、全身の力が抜ける
・時々足がもつれる

このまま復職するとどうなるか
・朝はやく起きることができないので遅刻する
・人の指示を聞き漏らす
・仕事後の疲労が激しくて、一週間勤め続けられない可能性が高い→再発の可能性

まとめ
・思考能力、集中力の低下は軽減したものの、極度の疲労を伴う
・通勤に必要な起床時刻が確保できていない
・ストレスによる身体症状が現れている
・足がもつれるなどの以前は見られなかった症状が現れている

さて、考えてみよう
私は今、何を治療しようとしているのか。
脳の神経そのものか、神経伝達物質の効率か?
そもそもしゃがみ込むなどの身体症状は、勤務時にはごくまれにしか出なかった。
それが休み始めてから現れる頻度が増えている。
これの正体は何か?
これまで「うつ的」症状の何かとかんがえ、抗鬱剤の投与と休養により軽減していたはずの症状が強く出ている。
軽減したと考えたからこそリワークに通い、「やる気の復活」と「生活リズム」に取り組んで来たはずなのだが…
リワークでは別人格を使う。反射的に使ってしまう。
それで鍛えられる部分もあるし、枯渇する部分もある。
枯渇した部分は、「うつ的」症状をもたらす。
これではイタチごっこだ。

身体症状が現れやすくなっていること、気分的には沈みがちであること、リワーク程度では気分のコントロールで乗り切ってしまえること。
明日の診療で、あるいは来週のカウンセリングで相談してみる必要がありそうだ。
Dr.知人に相談してみても良いかもしれない。

治るのか?治すのか?2016年10月06日 15時17分06秒

うつ病が治癒していく経過は、直線的ではないらしい。
良くなったり、悪くなったりを繰り返すらしい。
おいおい。
そんなのが2〜3ヶ月の休養で、そもそも治るわけなかったじゃん。
というのは別にして
本当に治るのか?というのがここに来ての不安である。
以前より思考能力や集中力は戻ってきたものの、疲労感は激しい。
どれくらい回復したか、なんとなく70%くらいかな、と思う。
それくらいの能力で復職しても、できることは限られている。
職場の状況も厳しさを増すばかり。
ところで…100%治ったって、どういう状態なのかな?
もともと、ものぐさだし(やる気が無い)、そそっかしい(注意力散漫)。
そもそも能力ベースで100%なんて言えないという事に気がついた。
そのうち仕事に対する意欲も失っていき、延々と病人の立場に甘んじることになるのでは…というのも不安といえば不安である。

もしもこの病気が、脳の器質的な損傷だとすれば、物理的にも100%なんてありえないわけで、そうなると「あるていど良くなったから、あなたの能力でできる仕事をしましょうね」
ということになるわけだ。

あとは主観しかない。「以前のように働けそうですか?」「はい100%いけます」
根性かよ。
それだって、職場の状況が変わってなければ早晩再発だろうなー。
なんだかブラックボックスが多すぎる。どの範囲のことを誰に相談すればよいものやら…
とりあえず来週、カウンセリングがあるからそこで聞いてみるかなあ。

治るのかよ2016年10月11日 14時53分37秒

毎度毎度の話題である。
症状はよくなったと思えばまた悪くなる。
何もやる気が起きない。
ここ数日、なにかというと眠りこけてる。
情けないったらない。

なんか癒やしでもあるかと思って猫カフェにいって見たが、べつに大したことない。
特別に人馴れした老猫が、顔中なめてくれてびっくりしたくらい。

気が付くと息苦しくなっている。物理的に感じる息苦しさ。
これも心因性のものなのか。

なぜかマインドフルネスも猛烈に下手になっている。
おまけにpebbleの調子がおかしくなって、いじってたら奥さんに怒られた。
家族への影響も出始めている。
だからって、家で暗い顔しないこともできない。

ほんとうに必要なのはペルソナなど使い分けないことだ。
フラットに、やりたいことを。
なぜそういう生き方をしてこなかったのか悔やまれるが、この年で悔やむことでもあるまい。
仕事を休み始めて1年が近づこうとしている。
ここへきて、出口がみえなくなり、混乱している。

心の深掘り…そこに怒りがあるなんて2016年10月12日 14時22分23秒

そもそもリワークがどんな目的でおこなわれているのかよくわからない(あれ?いいのかな、そんなことで)、ちょっとした振り返りから、非常に深い心の傷に触れてしまうことがある。
そんなとき、いつもの和気あいあいとした空気が一瞬止まる。
大抵の犯人は僕だ。
いつもの無鉄砲で、いや無頓着さで、自分の心の深みに降りて行ってしまう。
そんなことしてたら治るものも治らないんじゃないか…一瞬の後悔が走る。
いや、みな目そらしているだけだ。向き合う必要があるんだ…
まわりを見回す。
皆が目を伏せている。
答えはわからない。
そしてふつふつと沸き起こる、この怒りに似た感情はなんだろう。
なぜ僕はここにいるのか。
ここにいるみなそれぞれの事情をかかえている。病気だけでなく、家族も、収入も。
ただ今日ぼくは次のような発言をした。
それは記録をしておこう。
「何か理想に向かおうとする力と、どこか深いところで怒りが僕をドライブしている事が表裏一体に存在している気がする」
そう、ぼくはいつも怒っているんだな。その事に初めて気がついた。