空を見上げる日2017年03月01日 13時45分43秒

僕にとって何よりの心の安らぎは、生きものを眺めているときなのだが、時によって興奮しすぎてしまい、疲れてしまうこともある。
この頃特に体調がすぐれないので、興奮した後の疲労感が半端でない。
読書にしても、あまり面白すぎると後が大変だ。
いやはやなんともか弱い身体になったものだ。
本当に一時的な不安定なんだろうなあ。「人生50年」という言葉が木霊のように頭の中を響いている。
昨日は手足の震えが出てきたのでとんぷくを飲んでしまった。
おかげでその後、眠い、眠い。
家に帰って居眠りしてしまったら、寒くなってきて、瞑想もままならない。
ならば、外に出たほうがまだまし、と午後5時になってから散歩に出た。
とりあえず「一番星を輝き出す前に見つけること」を目的にした。
空が開けている場所にたどりつくまでにちょっと時間がかかったが、まだ陽は沈んでいない。というかオレンジ色にギラギラ輝いている。
ややもやっとした西空のグラデーションもきれいだ。
あまり雲が出ていないので、眺めるものはあまりない。
とりあえずスマホの天体ソフトで位置の見当をつけて金星をさがす。
あった。
20mmの双眼鏡だけれど、ちゃんと下の方だけの弧に見える。
でも星像が1つにならない。
光軸がずれているらしい。風景を見る分には気にならないのだが…
ちょいと力をいれて双眼鏡をひねってみる。おー。像が1つになった。がさつだけど一応光軸修正できることはわかった。
しばらく堪能したあと、肉眼で空のそのあたりを眺める。
見えない。またしても余計な星やらゴミのようなものが視界一面に泳ぎ出し、星だかなんだかわからない。
また双眼鏡を向ける。よし、あそこだ。
肉眼にもどす。
見えない。

ふと思いついて、ピンク色の夕陽を浴びた高層ビル街の写真をとるため、ちょっとそこを離れる。
戻ってきながらまた肉眼で金星をさがす。
見えた。
今思えば時刻でも記録しておけばよかった。
1〜2分もすると、場所さえわかれば見えるようになったので、カメラを取り出して写真をとる。コンパクトカメラの手持ち撮影。
確認すると、うっすら金星が写っている。
たいしたもんだ。
安心して家路につく。時々空を見上げながら。
これだけでも、眠気と沈んだ心が多少癒される。

夕食後。ふたたび気分が落ち着かなくなる。
息苦しい。
またもや外に出て、今度は夜空を見上げる。
冬の大三角形がよく見える。
それから、あれはアルデバランかな…
残念ながら、オリオン座全体はおぼろげにしか見えない。
でも、ここに住み始めて、一体何度オリオンを見ただろう。
あまり記憶にない。
このごろ空気が澄んでいるのか、忙しくてちょうどその時間は見ていなかったのか。
街灯が目に入らないところを探しながら軽く散歩する。
空を見上げながら。
少しずつ、息苦しさが去っていく。
あの光は、数年〜数百年かけてやってきた。まっすぐに。僕の目に向かって。
そう思うとちょっと不思議な気がした。
惜しげもなく昼も夜も降り注ぐ星の光。
誰にもわけへだてなく。
束の間、穏やかな気分に浸る。人生50年をはるかに超えたものがそこにある事に。
誰も彼もがあくせくする中、まったく意に介せず有り続けるものに。

いつもこんな気分なら良いのに。
病気の自覚などしないで暮らせたら良いのに。
もう一息。
とりあえずはそう信じる事にしよう。

動き始めている?2017年03月02日 13時48分26秒

ある人に会いたくなった。
仕事で知り合った人だ。
断っておくが、恋愛感情ではない(お互い男性である)
今までも何度か話をしたことはあるし、SNS上でも奥様ともども親しくやり取りしてくださっている。
親しく思っているのはこちらだけかもしれないが。
近々飲み会があるので、参加したら…とのお返事。
あれ?打診したんじゃなくて、奥様がつぶやきを拾ってくださったのだったか…いかん。いや、どっちだったろう。

とにかく仕事を離れて早1年以上。
今まで、会っても仕事の話しかした事がなかったのが、どうも喉にひっかかったような気持ち悪い感じなのだ。
なんか、もっと面白い話ができそうなだなー、と思っているのだけれど。
何かのヒントが生まれてきそうだなー(何のヒントかはわからない)という予感があるのだけれど。
仕事に関係ある話は、今はあんまりしちゃいけない体調なのは承知だが、どうしてかな。
先方も今、忙しい最中だと知っているのだけれど。
なんだか無性に「話がしてみたい」という衝動が頭をもたげてきた。

そういえば、職場に置いてある標本も気になる。
あのまま放置しておきたくない。
行ってもかまわない日があるか、少し打診を入れてみる。
もしクビになるなら、運んでおかなきゃいけないものもあるしね。

とにかく飽きてきた。
病気に。
もっともっと長患いの人もいるのだから贅沢だとは思いつつ…
もういいかげんにしてほしい。
病状は、決して思わしくない。それはわかってる。
でも飽きた。

出口がほしい。
どこかに、ちょっとした爪のとっかかりでもいい。
現状を変えたい。
そういや、このページのデザイン、非常口になってるな。
意図したわけではないのだが。

道端ではホトケノザがぐんぐん伸びている。
なんだかソメイヨシノも全体の色合いが変わってきて見える。
このままでは春がきてしまう。
僕も、動こうとしているのだろうか。

ここからはやく抜け出すために。

飲み会がしたかったのか2017年03月03日 14時00分06秒

今度の土日に続けて飲み会がある。
土曜日に先約があるのを忘れていて(メール見落としたと思われる)、日曜日に約束してしまったのだ。
当然、健康にはよろしくないし、奥様も呆れるやら怒るやらで、結構家庭内も緊張感がみなぎっている。
もちろん、自分の体ですから大酒飲んだりしませんよ。
(時たま違うやつが憑依すると危ないが…)

でも、飲み会の約束をした途端、ふっと心が軽くなった気がする。
いい訳じゃありません。本当です。
不思議なことに、ここ数週間、朝起きるのが大変でたまらなかったのが、すんなり起きられるようになった。

つまり、僕は飲み会に参加することを、心の底の何処かで望んでいたのだろうか?
それもまたつまんない話だが…

実は朝起きられないのは、眠剤のせいではないかと思っている。
そこで、今、服用量を半分にする実験を行っている。
webで調べると、今服用中の薬は血中濃度が最大になるのが2〜3時間、半減期が30数時間というシロモノ。
ちゃんと眠れてさえいれば、服用量はあまり関係ない。
それが功を成したのかもしれない。
身体の方もコンディションが変わっていくわけだし、投薬の調節を試みてもいいと思う(もちろん主治医にには相談済み)

それからもう一つ気になることがある。
筋肉の痛み、強張りだ。
なぜか夜中に痛みが起きたり、目覚め時に強張りがあったりする。
どこかに隠れたストレスがあるに違いない。
脳ではなく、筋肉の方かもしれない。
という事でストレッチを少し長めにやってみている。
瞑想も少し丹念にやることにした。
自律訓練法も再開すると良いかもしれない。

とにかく思いついたことはやってみよう。
動け。
きっと治癒に向かう良い方法がある。
それが飲み会であっても良いのだ。
(結局それかよ)

まさかの緊張と幸福感2017年03月06日 16時22分44秒

3月4日(土)。飲み会に向かう。大学時代の研究室の知り合い。
殆どが先輩だけど、だいたい同年代。
それから、今は亡き恩師の奥様。
一番気のおけない人たちとの飲み会。
それがどうしたわけか、気分が重く、緊張する。
理由はわからない。やっぱり病人のくせして参加することに、こんな僕でも罪悪感があるのか。いやいや…そんなはずはない。でもなんだかどんな顔していけばいいのかわからない。
そう言えば先生は今日はいないんだっけ、とか変な事を思いついてちょっと混乱する。
ばかばかしい。
普通でいいのに、どうしたんだろう。

現地に到着したら、幹事役をしてくれたNさんがいた。
先生の奥様もいらしていた。
そしていつものメンバーがすぐにはじまり、いつもの馬鹿話や議論が飛び交う。
やっぱり来てよかった。
店の経営が変わったみたいで、時間きっかりで「退出してください!」と声をかけられる。
なんか感じ悪い。
というわけで2次会へ。
ここでもいっぱい話をした。一番話したい人ともいっぱい話せた。
楽しい時間だった。

3月5日(日)朝、まだ幸福感が残っていた。
なんということだろう。うつ病だよ、俺。
アルコールが抗うつ剤の効き目を増強しちゃってるのかな。
そんな事を考えながらぼんやりと一日を過ごす。
今日は某業界の人たちの集まりがあるので、そのイベントの後にあるであろう飲み会に強引に合流しようという日。
「あの人と飲んで話がしたい」思いつきをつぶやいたら、奥様が拾ってくれて、そういう事になった。

これまた気が重い。自分で思いついたくせに。
電車を乗り違えていないかも気になって仕方がない。
現地到着。
ホールの前で出待ち。緊張する。あ、知ってる人がいる。しらんぷりしよう。
我ながら馬鹿みたいだ。
やがてイベント終了。
少しして奥様発見。な、なんとスパイダーマンの軍手をくれた。

懇親会みたいな大人数ではなくて、こじんまりと飲んで、日本酒談義に話が及んだり、前から質問したかった事をきいてみたり、なにより偉い人たちの集まりのはずが、みんな優しいので、すんなり溶け込めた。
こちらは相手の顔を知っているけど、相手は何度か会っているにもこっちの事は関わらず忘れている。
そんな人たちが殆どの中で、暖かな気持ちになることができた。
翌朝(つまり今日)さすがに「スッキリ!」という気分ではなかったが、しゃきっと起きることができた。
そして、またしても残る幸福感。
人とのつながりは大切だなあ、と、改めて思う。
ああ、このままだったらいいなあ。
治るかもしれない、今度こそ。

そしたら職場復帰だ。
今までと違っていろんなストレスがやってくる。
いろいろな場合を想定しないといけない。
何せ今まではサナトリウムにいるようなものだ。
これからはストレスを受け流せるように自己コントロールをしなければ。
そもそもストレッサーを避ける事が肝心。

ちょっと気になるのは、幸福感とともに、なんだか悲しい気持ちも少しだけ頭をもたげる。
うつになってから一度も感じたことがない感覚。
復職がいやだとか、そういうのでない、なにかもっと大きなことに対する切なさ。
これが正常な治癒の過程でありますように。
こんどこそぶり返しがありませんように。

生まれて初めて寄席に…2017年03月07日 14時30分39秒

昨日、生まれて初めて寄席に行ってきた。と、いっても地元の施設で若手噺家が主催して行っているイベントだ。
若手の噺を安価にきくことができる。
畳敷きの部屋だけど椅子席で楽。
当日の演者は前座と二つ目の2人だけで1時間。
ということで、中身はあまり期待せずにいってきた。
結果は…期待通り。

やっぱり落語家になるのって難しいんだなあ、と思った。
客席との距離感もあるとおもうけど、なんか噺がやりにくそう。
出てきたときの緊張感がこちらにも伝わってくる。
もうこの時点でちょっとつらくなる。
やってる方はもっと辛いだろうけど。

やたら圧迫感があったり、次の話がすんなり出てこなかったり、セリフを噛んじゃったり…
前フリも長くて、なかなか噺に入らないので、こちらも結局リズムにのれず…
噺に入れば、それなりに聴けるのだけど、なんていうのか、恥ずかしくて顔を見ることができない。
近いからなのか。テレビでは絶対感じない(あたりまえ)
表情を見るのが恥ずかしくて、つい視線を下に向けてしまう。
これじゃ生で聴いている意味半減だな、とおもいつつも、やっぱり正視できない。
もし上手な人が話したら、じっと見ちゃうんだろうか。
よくわからない。
でも貴重な体験だった。これはぜひ、もうちょっとちゃんとした寄席に行ってみるべきだな、と好奇心がわいた。
とはいえ、身体の方も回復しつつある。
この日は「噺を聴いて疲れるかor癒されるか」という実験も兼ねてたのですが、特に何の影響もなし。
むしろ会館ロビーにたむろする年配者の方々から飛んでくる視線が怖かった。
すごいアウェー感。
あれはなんだろうなあ。だいたい何しに来てる人たちかもよくわかんなかったけど。
というわけで病状はこの頃あんていしてきました。
もしかしたら今度こそぶり返さずに復帰プログラムに入れるかも。
明日は診療日。ちょっとタイミング早いなあ。
もう少し様子見…かな。でも今の状態を崩さないよう、気をつけなければ。