治るどころか2017年05月02日 18時04分43秒

3月のぶり返しから早2ヶ月。
ようやく気候も落ち着いてきたと言うのに、体調は良くない。
メンタルというよりフィジカルが変だ。
先日は風邪もひいていないのに口唇ヘルペスが出た。
口ではなく鼻の下と鼻の中にもブチブチができた。それから目の縁もヒリヒリしていた。
医者に行ったら早く治るかもと思い、抗ウイルス薬まで飲んだのに、なかなか治らなかった。
この1ヶ月くらい、首周りが痛いのは筋肉痛だと思っていたのが、どうもリンパの腫れのようだ。寝るときに冷やしたら少しましになった。
リンパと言えば、足の付根のリンパも時々痛い。(ヘルペスが全身で暴れているんじゃあるまいね)。
そして、血圧が高い。心療内科では180/105mmHgという、いままで見たことがない数値が出た。家で測っても下が100を超えるので、内科(循環器科)に行った。
するとあら不思議。下が90前後に下がった。上は低くても140超えだが。
とりあえず「経過観察」となった。
頭が締め付けられる感じがするのや、耳鳴りもするのだが、高血圧のせいだったのか。
そもそも高血圧は抗うつ薬の副作用なのか、そうでないのか。
そんなこんなで体力がない。リワークは午前中で済ませて、後は家でごろごろしていたのだが、高血圧となってはそうもいかない。意識して散歩を再開したが、まわりを見る余裕があまりない。
なんだかどんどんボロボロになっていく感じがする。
時間が経てばなんとかなるとは思いつつ、時々気が滅入る。
鯉のぼりを出す。庭のツツジも満開だ。あれ、もう1年経ったのか。なんだか時間だけが流れて、取り残されてしまうような錯覚に陥る。
抗うつ剤止めたら楽になったりしないかな?
今度診察の時に切り出してみよう。

ところで、朝起きられない時の気分について。
例えて言うなら、「これから冷たいプールに入らねばならない」時の気分。
「嫌だな」という気持ちと緊張感。ああ、冬に授業で持久走をやる前の気分も似ている。
何も嫌なことはないはずなのに。
対症療法的に、アファメーションというのをやってみようかと思う。
一種の自己暗示だ。
休職していても、これだけ好条件なのだ。色々な人に支えられているのだ。
もっと幸福感を持ってもいいはずだ。
そのことを確信しよう。そして、嫌な気分を吹き飛ばそう。

よくなっている…のかな?2017年05月09日 17時18分47秒

相変わらずの「やや高血圧気味」が続いている。ところが…
今朝、血圧を測ったら異常に低かった。
午後測ったら、また元通りだった。
期待したけど、そう簡単ではないらしい。
高くても低くても原因はわからない。
でも、低いときはふわふわするものの、のぼせ感がなくなって、肩や首の痛みも少なかった。やっぱり血圧が原因だったのか。
こんな事が続くので、また「治らない」気分が高まってくる。
でもよく考えると、この間のぶり返しのように、身体が動かなくなったり、膝の力が抜けたりする事は久しくない。
妻にいろいろ言われても言い返す元気が出てきた。
身体がだるくてごろごろしているものの、少しずつよくなっているようだ。
そろそろまた「深掘り」したり筋トレを再開してもいいのかな。
焦りは禁物だけれど。

今日のグループワークで気づいたことがある。
「幸福」をテーマにウエルビーイング(well-being)のチャートを作ったのだけれど、「身体的健康」というのは独立した項目として成り立つけれども、「精神的健康」は、心配事を払拭したり、欲求を充足したりといった諸々の事があって成り立っているという事。
これ、結構発見だった。
ついでに言うと、欲求も基本的欲求と言われる食欲、睡眠、排泄は、かなりフィジカルだけれども、性欲となるとメンタルがかなり入ってくる気がする。ああ、でもフィジカルがちゃんとしてないとメンタルに影響出るから、やっぱり心身は分けられないんだなーと、今更納得(遅いよ)。こんなことだからいつまでも卒業できないんだ。
今、クラスの人数が、見たこともない数に減っている。復職に向けて動き出している人もいる。「調子悪い」と言っている人はいない。ちょっと寂しい。
「同病相哀れむ」も気持ち悪いけどね。
はい、もう一度「焦りは禁物」。これしかないなあ。

仕事ができる人はためらわない(うつの原因見つけたか?)2017年05月12日 20時53分30秒

全くタイトル通りなのだけれど「仕事ができる」人って、何か懸案事項があればその場で電話をかけて確かめ、手配すべきことも速攻済ませ、課題が持ち込まれればすぐに解決のロードマップが描けて動き出す…そんなイメージがある。いや、実際そういう人を何人も見た。
翻って、自分はどうか。
課題が持ち込まれれば「面倒だな」と思い、問い合わせの電話をためらい、手配すべきことは本当に優先順位が合っているか思い悩み…要するに「足が止まっている」。
正直言って情けないが、本当にそうなのだから仕方がない。
「仕方がない」とか言ってないで、わかっているならやればいいじゃないか、と思うが、なぜだろう。僕にはどうにもそういう事ができないのだ。
たぶん、自信がないのだ。いや、自信を持って言える。自信がない。確信が持てない。
自分のやることが信じられない。他人が自分の思っていたとおりの反応をしない事にほぼ確信がある。もちろん、根拠なんかないし、そうでないこともたくさんある。
にもかかわらず、この自信のなさは、僕に染み付いてしまっている。
最近、うつ病の事を随分考えた。
なぜこんなに治りにくいのか、歯がゆくてならなくて、心の中を覗き込んでいるうちに、ある事を思い出した。
詳細は省くが、僕は小学校高学年の時に「うつ」を経験していたのだ。
あの時は本当に風景が灰色で、毎日死にたい気持ちでいっぱいだった。
それを思いとどまらせていたのは親が「死ぬのは卑怯者だ」と叩き込むように教えていたからに他ならない。
だいたいうちの親はこうやって子どもの先回りをして退路を塞ぐような真似をするので、何度も苦しい思いをさせられたが、これだけは正解だったと思う。
もっとも当時ですら何が「卑怯」なのか理解できなかったし、今は自死という選択をする人を責める気持ちはまったくないけれど。
とはいえ、いろいろな理由があって、僕はうつ状態だった。今だからそうだったと気づけるけど、当時はそんな事を考えもしなかった。
そして、強烈な人間不信になり、自分自身にも不信感をいだき、全人類を耐え難いものと思っていた。
そもそも「虫大好き」だった僕が一旦虫から離れたのはその時期だった。
虫が触れなくなったのだ。
急に虫が怖くなった訳ではではない。
持ち方を間違えて潰してしまうのが、怖かったのだ。
カブトムシですらそうだった。自分は何か怪物のような存在で「自分が触れば、なんでもダメにしてしまう」という気持ちが強かった。自己否定である。
うつになる人は自己否定の感情があるという。僕には今まで心当たりがなかった。
たぶん、これだ。深いとろこに眠っていた。というかそんなものはとっくに卒業しているつもりだった。
思えば、他人との距離感もそうだ。
今でも、突然近づいてきた人は、思わず避けてしまうし、パーソナルスペースが狭い人がこちらの領域に入り込んでくると実に居心地が悪い。
さて、ここから先、どんなストーリーを経てうつにたどりつくのかわからない。
でもとっかかりは見つかった。
やっぱり嫌なものを掘り当てた気がしないでもない。
これが勝手に育って熟すのをじっと待った方が良いのかも知れないと思っている。

何も気にしない2017年05月17日 17時27分11秒

最近、細かい事を気にしないように気をつけている。
おかげで、平穏な気持ちでいる時間が多くなった。
そのせいなのか、感情の起伏が乏しい気もする。
一日が、不思議とフラットに過ぎていく。
良いことがあれば「良い日だった」と思えるのだが、そうでない日は皆「普通の日」である。
それから、危機感があまりないので、遅刻という概念がうすれつつある。まだかろうじて踏みとどまっているものの、これも時間の問題と思われる(シャレでなく)。
また、物事をよく忘れる。「そんな事言ったっけ?俺?」という事が度々ある。かなり無責任な人である。以前は病気のせいでもの忘れがひどくなったが、今は素でもの忘れがひどい。ただの老化かもしれないが…
先日、あるイベントに参加したら、他の方から時々声をかけられた。
反応しようと振り向くと、そこには確かに知っている人がいる。
しかし、誰だったか思い出すのに5秒程かかる。
お休みに入ってから間もなく一年半なので、忘れていても仕方がないのかもしれない。
元々人の顔を覚えるのは苦手だし。
それにしても変な感じだ。そう、ちょうど夢に出て来る「知っているけど誰だかわからない人たち」に感覚が似ている。
余談だが、今僕は「変装」と称して髭を生やしている。しかし、誰もが難なく見破るのであまり機能していないようだ。

えーと、そんなわけで、僕の日常はだんだん混沌としてきた。
先が見えないことも気にならないので、なんだか半透明なゼリーの中で暮らしているようだ。
このままではまずいのもわかっているのだが、いま一つピンとこない。
今までどうしても焦る心が強くて、無理をしてきた反省だ。
今もどうかすると、無理をしたがってしまうので。
でもこんな風にいろんなことを忘れて、気にしないで、無責任でいると、ちょっと清々しい気持ちにもなる。
この先どうなるんだろう。
なるようになる。
ありふれた答えだけれど、そう信じて毎日を過ごすしかない。

やる気スイッチとハードル2017年05月21日 13時22分57秒

この頃心の調子が上がっている。
新しく処方された薬が、服用量限度まで増量され「気力を増強する効果」が発揮されているようだ。
最初のうちは「頭がスッキリしてきた」実感はあるものの、のぼせたり、足元が危なくなったりという事もあったが、最近はそれもなくなったので、気分的なマイナスがなく、薬の効果がいかんなく発揮されている感じがする。
もっとも、リワークに参加していてもことごとく茶々を入れたくなったり、ややハイに傾いている気がする。「やる気スイッチ」が連打されているのかと思うと、なけなしの「やる気」が枯れはしないかと少々不安になる。事実「やる気物質」を増やすのではなくて、いらなくなった物質が再吸収されるのをブロックするタイプの薬なので、油断は禁物だ。
心配といえば、今、謎の高血圧と頻脈に見舞われている。まだ断言できないが、たぶん副作用なのではないかと思う。
面白いのが、ついお酒を多めに飲んでしまった翌日は血圧が下がる。拡張時血圧(いわゆる「下」の数値)も下がるので動脈の弾力はまだありそうだ。ただ、頻脈が激しくなる。
って言うことは、頻脈ありきの高血圧なのだろうか。脈拍のスイッチが連打されちゃっているのか。言ってみればジェットエンジンをぶん回している状態で、抵抗が少なければどこまでも回転数を上げて焼ききれるという…縁起でもない。
しかし、久々に頭がすっきりするのは気持ちがいい。
やる気がない時というのは、色々な事をするのが面倒くさい。元々ものぐさな性格ではあるが、とにかく何かをする前に準備が必要だったりすると動き出せない。普通の手順が、超えなければいけないハードルになってしまうのだ。
昨日からの急な暑さで、やる気は少々削がれているものの、逆にハイにならずにちょうどいいくらいだ。このまま高血圧と頻脈が落ち着いてくれればいいのだが。
そう願いつつ、このところの落ち込みでさぼっていた軽い運動を再開した。血圧が下がることを期待して。
近々血液を調べて、他の要因で高血圧になっていないか確認する予定だ。もし結果が悪くなければ、副作用であっても不快感が少なければこの薬でやる気を出しつつ、心身の体力をつけたいと思う。
ほかにも突然の身震いで飛び跳ねたりとか、へんてこな反応もあるが、そういう事には目をつぶっていい。
まずは病的な高血圧ではないこと、そしてやる気が枯れないこと、高血圧が短期間で終結すること。
前提条件が多いが、気分が良いので苦にならない。
それにしても、事あるごとに心と身体が不可分である事を教えてくれるこの病気、実に勉強になる。全然ありがたくないけれど。