バカをやる人2017年06月01日 18時03分01秒

上坂浩光さんという映像作家がいる。
もう先月の話になるが、その方の経営する映像制作会社(有限会社 ライブ)が、設立20周年を祝うイベントを開催した。
上坂さんはCM映像などのCGを手がけてこられた方だが、2009年に発表したプラネタリウム向け映画「HAYABUSA BACK TO THE EARTH」で、映画監督デビューしている。
この作品は人間が一人も出てこない。小惑星探査機「はやぶさ」を主人公に、ミッションの説明をする映画だ。にもかかわらず、大きな感動と共感を呼び、いまなお多くの人たちに支持されている。
白状するが、僕は最初にこの作品を観た時にピンと来なかった。そもそも「はやぶさ」自体、「なんかそんな探査機あったなあ、途中で故障した無謀な計画じゃなかったっけ」ぐらいにしか認識していなかったし、映画もなぜもっと「プロジェクトX」みたいにやらないのか、と思った。おまけに妙に情感に流れているような作りに違和感を覚えた。言ってみればこの作品を受け入れるチャンネルを持っていなかったのだと思う。
それが、2010年6月の「はやぶさ」帰還を経て一変する。
まず、帰還予定日の2週間ほど前から、プラネタリウムに並ぶ人の数が急激に増加した。「何か対策しないとこれはまずいよ」という天文スタッフの言葉があったけれど、まだ僕にはピンと来なかった。
しかし、映画を見にプラネタリウムを訪れる人は増えるばかり。それまでとは違う人の誘導や問い合わせへの対応が必要になりはじめ、ようやく事の重大さに気づく始末だった。
これはいかん、と今更ながら「はやぶさ」の事を調べ、知識を頭に詰め込んだ。「史上最も愛された探査機」という異名も、その時はじめて知った。
6月13日夜の帰還の際には、僕もYouTubeでその様子をリアルタイムで観た。「はやぶさ」が大気圏に突入して輝きながら蒸散していく様に涙が出た。
それからの仕事は何かと「はやぶさ」がらみになった。帰還カプセルの展示公開という大仕事もあり、僕は「はやぶさ」関連イベントにどっぷり浸かっていった。
その年の年末。あろうことか上坂監督は「HAYABUSA BACK TO THE EARTH 帰還ver.」という作品を発表する。なんと、帰還を現地(オーストラリアの砂漠)まで取材に行って、その時の様子を元に、現実に近い映像に差し替え、細部の書き込みを増やした修正版だ。
いち早く配給を受け、試写を観た僕はあぜんとした。エンドロールの映像に、カプセル公開の時に人々が行列している様子の写真が使われていた。そして最後に「『はやぶさ』プロジェクトに関わった全ての人に」という文字。このメッセージは2009年版にもあったらしいが、帰還バージョンでは明らかに意味が変わっていた。満身創痍の状態になった探査機を運用し続けたプロジェクトチームだけでなく、それを応援し続けたファンの人たち、カプセル展示に詰めかけた人たち、この映画を熱心に観に来てくれた人たち、それら全てを包括するメッセージだった。
この時を境に、僕も「HAYABUSA BACK TO THE EARTH」を観て泣ける人、になってしまった。
この後も、「はやぶさ」に関するイベントがある度に、不思議な光景を目にすることになる。
この映画を観た人、新たに「はやぶさ」ファンになった人が、次々と繋がっていくのだ。
JAXAの内部の人も、映画の制作スタッフも、ファンも、子どもたちも、「はやぶさ」という、既に消滅した探査機を介して横につながっていく…その様子自体が、とても感動的だった。そして、この映画が、そのことに大きな役割を果たしていた。

さて、話は戻って「ライブ」20周年記念イベントである。
西新井にある「ギャラクシティ」のプラネタリウムで「上坂浩光監督作品 全部一挙上映」を敢行するというちょっと無謀な企画である。全部で6作品。午後1時30分から7時すぎまで、トークを交えながらのマラソン上映だ。
僕も「HAYABUSA BACK TO THE EARTH」絡みでは、いくつかバカな企画をやったが、これは桁違いだ。
この日はプラネタリウム関係者や、宇宙ファン、上坂監督のファン、映画スタッフだけでなく、なんと「はやぶさ」プロジェクトマネージャーだった川口淳一郎先生、「はやぶさ2」プロジェクトマネージャーの津田雄一先生、国立天文台の渡辺潤一先生、「HAYABUSA BACK TO THE EARTH」でナレーターを務めた篠田三郎さんまで駆けつけるという、豪華な催しとなった(国際会議に参加中の吉川真先生が電話で出演するという一コマもあった)。
よくもまあ、こんな無謀な試みに、皆集まったものだと思いつつ、ふと、ある事に気づいた。
人々を結びつけているのは、映画や探査機じゃないのだ、と。そう、監督の人柄こそが、求心力だったのだ。
そうでなければ、プロジェクトマネージャーや俳優さんまでやってくるわけがない。
その後のパーティでは、宇宙ファンと研究者とスタッフが渾然一体となった不思議な空間が現出することになるのだが、その時僕は監督に訊ねてみた。
「どのプラネタリウム館もやらなかったバカな企画をやっちゃいましたね」
いささかぶしつけな質問である。しかし上坂監督は嬉しそうに「そうですよねー」と答えてくれた。
本当にバカな企画だなーと思いつつやってしまう行動力。そしてそれを認め、応援する人たち。とても幸せな関係だと僕は思う。
もしかしたら、世の中「バカをやる人」が人の心をつかみ、動かしているのかもしれない。
この企画だって、現在進行中の作品制作で忙しい中行われたものだ。普通の神経なら、そんな事やってる場合ではないだろうに、イベントを取り仕切る上坂監督ご本人が、本当に嬉しそうだった。
今の世の中、何かと「責任」という話ばかり強調されて息苦しい。ひどいときには責任を引き受ける事すら許されず、何も出来なかったりする。そんな中で、この20周年記念イベントはとても心あたたまる、人間味を感じるイベントだった。
おかげで僕もちょっぴり幸せな気持ちに浸ることができた。主催・運営した皆さんに、改めてお礼を言いたいと心から思う。
本当にありがとうございました。

大英自然史博物館展に行ってきた2017年06月06日 13時57分56秒

今度の日曜で会期終了になる大英自然史博物館展。見逃しては大変と、昨日あわてて行ってきた。
一番の目玉は始祖鳥のロンドン化石だったが、これはいままでさんざん写真やらレプリカやらみてしまったので、特に感慨が沸かなかった。もったいない話だが、よほど深く知らないとそういう事になってしまうのだろう。
琴線に触れたのは、1.ガラスケースのハチドリ。大英自然史博物館開館当時の目玉だったとの事。大きいとは言えない展示物だが、こういう「珍し物」がやっぱり目玉になるんだ、と納得。2.フウチョウの標本。「脚がないから空中生活をしているのだろう」という推測を呼んだやつ。まさか実物を見られるとは思わなかった。3.ダーウィンやウォレスが採集した標本、書簡。これは言うまでもなく「おお」という感じ。4.オーデュボンの「アメリカの鳥類」。あんなにデカい本だとは思わなかった。5.日本の隕石。日本では散逸してしまったもの。6.メガラダピスの頭骨。おまえそれでも原猿か、というデカさ。7.オオツノジカの頭骨。これもデカい。どうやって頭に載っていたんだと思うくらい。8.リョコウバト、フクロオオカミなど絶滅動物の剥製。残念ながらオオウミガラスとドードーは剥製が現存しないらしく、模型だった。9.その他意外な発見として、イギリスの昔の探検船の名前が3つもスペースシャトルにつけられていたという事。アメリカ人もリスペクトしているのだろうか。
ざっとこんな感じ。鉱物はよくわからないのでスルー。
さて、これらのどこがそんなに良いのだと問われると、なかなか困る。説明できない訳ではないのだが、それぞれ長々と説明しなければならず、しかも自分の気持ちを加えなければならず、結構回りくどいことになりそうだ。
当日は月曜だと言うのに親子連れが多く、ほとんどの人はそういう事ではなくて、純粋にモノを見て「すごいなー」と言っているのかと思うとやや歯がゆい。とはいえ展示というのはそいういう歯がゆさの領域に達するくらいでないといけないとも思う。
そもそも、コレクターや学者というのは一種の変態だし、その集大成である博物館も変態性満載な場所だ。そんなところで感心している自分も一種の変態であるという事にも改めて気づくことができたので、実に有意義だったと言える。
これは冗談でもなんでもなく、今回は「博物館の使命」という面にフォーカスした展示になっており、ネタが良いという事もあるのだけれど、予備知識のない人にもそのメッセージは届いたのではないかと思う。蒸し返すようだが「学芸員はガン」と言った大臣がいるが、この展示はいかに学芸活動が人類の叡智に寄与してきたかが表現されていた。経済性最優先となりがちな世の中に大して、展示によってカウンターを示したのはすばらしい事だと思う。しかも、そのことが明示的に文章化されているのではなく、展示を通してみると、感覚としてそれがわかる構成になっていたと思う。最近、科博の展示は知識の説明になっている事が多かったが、それでは食い足りないのだ。これは良い特別展だと思う。
ここまで書いて、そういえば音声ガイドはどうだったのだろうかと思った。実はあれが苦手で、滅多なことでは借りない(因みに僕はあれの事をよく「温泉ガイド」と呼んでいる。余談です。)。あの手のやつは、さらに平易すぎる説明だったり、変な演出が先走ってろくなことがないのでいい加減うんざりしているのだ。しかし、もしかしたら今回は、展示の裏側にあるストーリーをうまく補完していたのかもしれない。だとすればバランスの良いやり方だ。難を言えば、あれを持っている人がなかなか動かなくて、展示がよく見えない事がしばしばあった(嫌いだから一応難癖はつけておく)。
とはいえ、文章が多すぎないのは良い。モノをじっくり眺めて考える時間があるし、変な疲れ方をしない。見終わってボリュームが薄かった感じも少々あるが、あれだけのモノが並べてあるのだから、贅沢は言うまい。
印象的だったもう一つのこと。年配の女性2人組がリンネの初版本だかを見て「あ、これこれ…」と言っていたり(植物屋さんだろうか?)、カップルで来ていた女性の方が「プラチナコガネ!これ今回の目玉のひとつだよね」と言っていたこと。お父さん方が子ども相手に知ったかぶりを披露している姿と対照的だったが、博物学を身近に感じている人が普通にいる事がとても嬉しかった。

化学的サイボーグ2017年06月09日 14時38分27秒

かっこいいタイトルつけた。もうそれだけで満足。
いやいや。
何の事が言いたいかというと「私は毎日薬を飲んでいます」ということなのだ。
うつ病に対して、一般的に医師が行う事は、薬を処方すること。
患者は薬を飲み、気分の改善を図る。
これはどんな病気も同じだと思う。病原体をやっつける治療もあるけれど、症状を和らげることで治癒を促進する、というのは普通のことだ。
でも、心の病に関しては、なんとなく薬を飲むことに抵抗がある。

僕はまず、薬を飲むという行為で自分がその病気であることを認めるのが嫌だった。それから、飲み始めたらしばらく飲み続けなければいけないのも嫌だった。そして何と言っても、自分の気分を薬でいじる事に抵抗があった。
不思議なものだ。薬で鼻水を止めるのは抵抗がないし、酒を飲んで酔っ払うのも平気なのに、薬で気分を治すのは嫌なのだ。
自分の精神は自分で制御していたい。誰にもいじられたくない。そいういう強固な自己意識があるのだと思う。
薬を飲み始めてからはもう抵抗できないので、素直に飲んでいるものの、最後の詰めができなくて一ヶ月ほど前に薬を切り替えたところで、またこの気分が頭をもたげた。
新しい薬はちゃんと効いてくれて、かなり頭がスッキリしたし、やる気も出てきた。副作用と思われるものも出てきたけど、メリットとデメリットを比べたら、仕方がないかな、思えるレベルではある。
問題は、あまりにも気分が良くなりすぎる事だ。ややハイになっているという気がする。それも何か自分と関係ないところで起きているような感覚がある。
何というか、心と身体のスピードが合わない感じ。
こういう時いつも連想してしまうのは、コードウェイナー・スミスの「スキャナーに生きがいはない」という短編。主人公は宇宙空間で作業するためにサイボーグ化した「ヘイバーマン」の一人。普段は人間的な感情や感覚がカットされており、ホメオスタシスを保つのにも、胸に埋め込まれたパネルで、ダイヤルを調節しなければならない。それが「クランチワイヤー」なるものを使うと、人間らしい感覚を一時的に取り戻すことができる…という設定。
この「胸のパネルで調節する」という辺りが、どうにも「薬を飲んで気分を治す」という行為に重なって見えてしまうのだ。
あまり建設的な考えではないとわかっているが、化学的に操作した心はどこか自分でないような気がして、居心地が悪い。
どうして「居心地」なんていうものを気にするのかと言えば。たぶんそれが、自分が適切な環境にいるというフィードバックだと思うからだ。
あ、それで余計に「スキャナーに生きがいはない」を思い出すのか。今はフィードバックがうまく働いていない状態だから。
そんな事もあって、昨日から薬の用量を減らすことになった。これでうまく落ち着いてくれればいいと思う。
それにしてもいつまで薬を飲み続けるのだろうか。
考えると気が遠くなるが、始めてしまった以上引き返せないし、もっと良い方法も知らない。
まだまだ病気とのつきあいは続くんだなあ。やれやれ。

成立したか。2017年06月15日 13時47分38秒

ついにあの法案が通ってしまった。
いろいろな意味で残念である。
野党はいつもの政治手法で対抗しようとした。
与党は同じ土俵に乗らず、逃げ切った。
はっきり言って完敗だと思う。
そもそも立法事実に疑義がある法律なのに、通ってしまった。
今までではあり得ない国会運営の手法で、押し切られてしまった。
すべてが「想定外」だったのか。
そう、夜中に目が覚めて、Twitterの通知を見て驚いた。何、こんな時間に国会やってるの?I
自分の健康を犠牲にしてまで見る事はないと思い、なんとか睡眠に戻った。
しかし朝目覚めると、まだ討論がニコニコTVで中継されていた。
そして着替えてリビングのテレビをつけると、NHKで中継中。
なにやら「物言い」で審議が止まっている…「投票はすでに締め切られました。開票と点検はまだ行われていません」という解説。
なんだと?もう投票終わっちゃったの?ああ、これは…
そして程なく開票が行われ、法案は承認された。
法案が通ってしまう事はある程度覚悟していたが、まさかこんなめちゃくちゃな進行の仕方をするとは思ってもみなかった。
この想定外ぶりはそう、東関東大震災の時、原発建屋が損壊している映像を観た時にも匹敵する衝撃だ。僕の住む世界が変わってしまった…どこか見知らぬ場所に迷い込んでしまった。

こんな予想は当たってほしくないが、これから「一般人」という言葉が流行るだろう。
ギャグとしてなら良いのだが。
存在しない「一般」を求めて人々はそれと知らずに萎縮し、自分がはみ出さない事に汲々とするだろう。そしてはみ出している者を異端視し、非難するかもしれない。
もし大人がそうなれば、間違いなく子どもたちの間ではイジメが増加する。
僕は自分の子どもをわがままに育ててきた。自分自身がそうであるような「自分の思いをすぐに引っ込める」人になって欲しくなかったから。おかげで予想以上にわがままに育ってしまい、こりゃ失敗したかと思うくらいだ。
だが、今日を境にそれは心配に変わった。
人と違う事が「いけない」社会が、本格的に到来してしまうかもしれない。
まかり間違えば、命の危険すらあるかもしれない。
自分は子どもになんということをしてしまったのか。いや、なんという世の中を子どもに渡してしまうのか。これから子どもにどう生きろというのか、言葉が見つからない。
嘆いている場合ではない。
まだ時間はある。
ここから出発するしかない。
胸を張って子どもに渡せる世界を目指すしかない。
偏狭さは悪だと、訴え続けよう。
多様さを排除する社会を作ってはならない。
そして子どもには、生き残る術を、出来る限り学ばせよう。

…それにしても、何という世界に来てしまったのだ。僕らは。

20世紀上等!2017年06月16日 14時50分43秒

講談社のページなのか週間現代のページなのかよくわからないが、「中国人の眼に映る今の日本は「20世紀」のままだった…」という記事が掲載されていた。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52000
これを読んで感じたのは、危機感というより、むしろ安堵感だった。

多くの日本人が「懐かしい」とノスタルジーを持って語る時代は、圧倒的に昭和30年代のイメージだという。
よく、経済成長一点張りの考えに異を唱えると「昭和30年代に戻れというのか」という非難を浴びる事があるが、もしかしたら、北京の人から見れば、既にそれに近い状態になっているのかも知れない。
だとしたら、胸を張って20世紀をアピールすればいい。
北京で普及しているキャッシュレス決裁は、未来的かもしれない。だが、消費動向が完全に個人と紐付け可能であるという点で、極めて社会主義的でもある。
中国はまだとてつもない経済発展の状態にあって、国による資本の投入と、過当とも言える競争原理で爆発的な変化を遂げているのだという。その中で、人間の幸福はどのように考えられているのか。
日本でも高度経済成長の時代にはとにかく働く事が美徳だった。少しでも出世し、家族が経済的に豊かになる事が目標だった。中国についてはほとんど知らないが、共産主義国家である事や人口の多さなどを考えても、個々人を重んずる意識は、かつての日本以上に低いのではという想像がつく。
そして経済成長が鈍化した時、残るものは理不尽な労働だけ。納得できる対価もなく、生活の質のおそまつさを眼前につきつけられるのは、既に日本が経験済みだ。
リンクした記事中にもあるように、北京の人たちが日本に移り住む理由は、安静(静けさ)、幹浄(清潔さ)、安全、だという。
既に彼らは気づいているのだ。経済成長が生活の質と比例しない事に。
日本は、個人の自由と幸福のため、それなりの投資をしてきた。それが今の日本の価値を高めている。おそらく中国がそこにたどり着くにはかなりの曲折が必要だろう。
日本という国は、新しいもの次々と生み出し、古いものに上書きする事で自らのアイデンティティーを破壊し、更新してきたのだと僕は思っていた。
それは誇らしい一方、一抹の寂しさを覚えるイメージでもある。
だからこそ、日本の伝統を声高に叫び、戦前回帰という時代錯誤を望む人々を生み出したのだと思う。
だが、経済成長が止まった今、図らずも20世紀という遺産が手に入った。
戦前に戻るまでもない。それはもう手中にある。果てしなき経済成長という幻想にしがみついている必要はない。
20世紀こそが、現代日本の誇るべきアイデンティティーだと思う。
そこから出発して何が悪い。きっと希望に満ちた未来が開けてくる。僕は本気でそう考え始めている。